カエルくん(以下カエル)
「よーし! 久々の200館クラスの大規模映画の感想記事だから、こっちも張り切っちゃうね!」
亀爺(以下亀)
「やはりこれだけの規模で公開される映画というのは、注目度が高いからの」
カエル「1月はどうしてもお正月もあって大規模公開映画が少ないからね……」
亀「これからアカデミー賞前後で洋画の名作、佳作も公開されていくからの。あまりにも公開が遅すぎる、という批判もあるようじゃが……こればっかりは興行の面もあるから仕方ないのかもしれんの」
カエル「アカデミー賞作品という触れ込みがあるのとないのでは、やっぱり客足も全然違うだろうしね。それは小説界で言うところの、芥川賞と直木賞に通じるものがあるかも」
亀「近年は『映画業界は劇場に足を運んでくれる5パーセント以下の人間によって支えられている』などと言われておるが……それも納得かもしれんの。演劇業界などもその節があったが、映画も規模が大きいだけであまり変わらんのかもしれん」
カエル「日本の映画賞も結局は大手の持ち回りって言われているし、芸能事務所の影がチラチラと見える結果になりがちだしねぇ……
あれがない、これがないなんて言ったらキリがないけれど、日本アカデミー賞でも少しは触れておかないといけない作品が他にもあるんじゃないの? って気にもなるし……」
亀「どの業界も人を呼ぶのに必死ということじゃの。
それでは感想記事を始めるかの」
あらすじ
会計士として働く、メガネが似合うゴツい男クリスチャン(ベン・アフレック)の元に、財務調査の依頼が訪れる。デイナ(アナ・ケンドリック)の協力もあり、その卓越した頭脳を持って調査に当たるが、大きな闇が見え始めたところで突如調査は打ち切られる。
一方、マフィアが殺害される事件が発生し、それを追っていたメディナ(シンシア・アダイ=ロビンソン)は小さな手がかりを頼りに捜査を続けていく。
なぜ調査は打ち切られたのか? 事件の犯人は? 全てが繋がる時、見えてくるものとは……
1 ネタバレなしの感想
カエル「じゃあ、まずはネタバレなしの感想だけど……面白いというよりは、いい映画だった、という方が近い気がするね」
亀「決してつまらない映画ということはない。多くの人が満足するような映画に仕上がっておると思うし、ある程度の高点数を叩きだす映画に仕上がっておると思う。
ただ、この手の映画に期待するような……派手なカーアクションだったり、爆発だったりというものを……例えば007のようなものを期待していると、少し面喰らうものがあるかもしれんの」
カエル「そこまで派手ではないよね。ただ、暗殺者っていうのが予告でも言われているけれど、そこまで派手ではない、という部分だけ見たら説得力があるのかも?」
亀「……あんな暗殺者がいたら、すぐに捕まりそうじゃがな。
じゃが、それは映画的な嘘として許容できるものじゃろう。007みたいなスパイなどこの世界中のどこにもおらんが、そのことに文句をつける人間などどこにもおらんしの」
カエル「大筋としては満足だよね」
亀「手堅く、多くの人を対象にしたエンタメ作品……しかもそこまで予算を使わずに、という印象を受けたの」
カエル「あと、やっぱり主役のクリスチャン(ベン・アフレック)はすごくよかった! デイナも可愛いし、キャラクターを楽しむという意味では大満足だよね!」
脚本について
カエル「結構、複雑なお話なんだよね、この作品って」
亀「ネタバレにならんように予告編やあらすじレベルの話からすると、金融コンサルタントという顔を持つ主人公がおる。さらに、その裏の顔は暗殺者じゃった。
まずこの時点で2つの物語が進行しておるの。金融コンサルタントとして、企業の悪事を暴く話と、暗殺者としての話じゃな。
さらに、ある事件のこともあるし、キャラクターの深堀もあって……結構複雑な話になっておる」
カエル「そうだよね。見ている最中『あれ? 今どうなっているんだっけ?』って少し混乱した描写もあったかな?
あとは登場人物の見分けがつきにくいとかさ」
亀「それはわしが外国人の見分け方が難しいというのもあるじゃろうがな。ここから先はネタバレありで語るとするが、お話自体は単純と言えるが、脚本として見せた場合、相当複雑なことをしておる。
それがあるから、アクションと2重の意味で困惑してしまう結果になったかもしれん」
カエル「あとは……あのテーマだよね。
まさかこの作品でそのテーマを扱うとは……」
亀「そこも意外といえば意外じゃったの」
以下ネタバレあり
2 脚本の作り
カエル「じゃあ、ここからネタバレありだけど……脚本の作りが、結構微妙だったかな? という思いがあるんだよね」
亀「具体的に言うと、この作品の脚本の問題点は3つあるとわしは思う。
- 時系列などの入れ替え
- 何個ものストーリー
- 会話
それでは1つずつ説明していくと、まずは時系列の入れ替えじゃ」
カエル「結構行ったり来たりを繰り返していたよね。もちろん、子供時代のお話とかが途中で挿入されるのはわかるんだけど……マフィア襲撃事件の話とかも含めて、時系列がバラバラになっている印象があったかな」
亀「そうじゃの。
この作品は3つの時間軸を基に構成されておる。
- 現在の、大人の時間。
- マフィア襲撃事件の時間(数年前)
- 子供の時代
もちろん、子供の時代は見た目からして違うから分かりやすいが……それ以外の2つが入り混じるからわかりづらい。全てが明らかになるパートがあるんじゃが、そこも1回ある程度説明した後に、さらにもう1回遡って説明する、などということをしておる」
カエル「……正直、この演出の必要ある? って疑問に思ったよねぇ」
亀「謎が繋がる瞬間の快感を重視したのじゃろうが、それがうまくいっておるかは謎じゃな」
何個ものストーリー
カエル「もしかしたら、この映画の最大の欠点ってここかも……」
亀「ここでも整理してみると……
- 会計コンサルタントとして追う、裏金の謎
- 謎の襲撃事件と暗殺事件の謎
- マフィア襲撃事件を追う捜査官の話
- 子供の頃の話
以下の4つが同時並行で進行しておる」
カエル「どれも欠かすことのできないお話ではあるし、いつも言うように『別れた道筋が繋がる時に見えてくるもの』ということでいえば、この映画は繋がっているんだけど……」
亀「単純に謎が多すぎる上に、1つ1つの謎が弱い印象かの。
1つ1つの謎に対する考察もきっちりしておるし、問題提起もしっかりとされておるが……観客としてどれに集中すればいいのか、迷ってしまう結果になってしまったかもしれんの。
その意味では最初に子供時代を見せたのが失敗だったかもしれん」
カエル「子供時代がすごく大切でテーマに密接に関係しているのはわかるんだけどね……」
亀「観客にどの謎に注目してほしいか、ということをアピールするのであれば、この中の謎を絞って提示するということがあってもよかったかもしれん。
そして、何よりも惜しいと思うのが『テーマと謎のリンクが弱いこと』じゃろうな」
カエル「別にこの謎を明かしてもテーマとは弱い繋がりしかないもんね……」
亀「その意味では目的と手段がうまく結びつかなったということかもしれんな」
会話について
カエル「会話は、そこまでまずかった? 変な会話だなぁ、っていうのはそんなになかった印象だけど……」
亀「……ネオン・デーモンの記事でも語ったがの、わしに言わせると会話というのは補助線なんじゃよ。本来は演出や絵だけで説明できるはずじゃが、それをより多くの観客に理解してもらうための、説明としての補助線じゃな。
今作は構造が複雑なために、会話が多くなってしまい、その補助線を多くしすぎた印象があるの」
カエル「全部説明してくれたもんね。
『この謎の答えはこれだよ』とか『このヒントの意味はこれだよ』とか。ルイスキャロルとかの説明の時はあまりの親切さに『これはミスリードなのかな?』と思ったほどだよ」
亀「最初から最後まで全て説明してくれるから、帰るときに疑問は一切ない。全ての点と点が線として繋がるのじゃが……それが映画としての面白みにつながるのかというと、少し疑問じゃの」
カエル「もしかしたら大きな伏線が張られていて、それについては何も回答していないとかもあるかもしれないけれど……映画を見る限りでは、そういうことがなさそうだったね」
亀「こう言う映画は『楽しめるが印象に残らない映画』になるじゃろうな。半年もすれば大体忘れているような気がするの」
3 テーマについて
カエル「この映画のテーマって、明らかに発達障害というか、自閉症に関することだったよね。
それこそ作中でも語られているけれど、キャロルだったり、モハメド・アリは失語症などの自閉症の症状を抱えた偉人ということでもあるし」
亀「このテーマを扱いたいということはよくわかる。さらに言えば、家族の絆というものも描きたかったのはわかるし、会計コンサルタントを選んだのもサヴァン症候群に代表されるように、自閉症などを抱える人はとんでもない才能を持つ、ということをやりたかったのであろうが……」
カエル「さっきも言ったけれど、そのテーマがうまく謎と結びついているかというとねぇ」
亀「いや、全く結びついていないわけではないのがまた、評価に困るところでな。弱いながらもある程度は結びついているんじゃが……では会計コンサルタントでないとダメだったのか? 暗殺者でないとダメだったのか? ということを問われると……必ずしもそうとは思えない、という曖昧な回答になってしまうの」
カエル「破綻しないように工夫されてはいるけれど、それが却って脚本の面白さを削いでしまったかもしれないね」
テーマの危うさ
カエル「でも、このテーマ自体はよかったんじゃない?」
亀「う〜む……わしにとっては、このテーマと結論が些か問題があるように感じたがの」
カエル「問題? 何が?」
亀「自閉症は1つの個性であり、その能力は活用方法によって社会でも役にたつ人間になる、というテーマに関してはわしも納得じゃよ。そこには何の疑問もない。
じゃがな……それが『親の教育次第で』ということになると、やはり危険な発想のようにも思えるのじゃ」
カエル「映画の中でも結構危ない行動に出ていたしねぇ」
亀「精神の問題は『教育次第』とか『本人のやる気が』とかいうお話になりがちじゃが、それが一番危ないとわしは思っておる。
例えば『風邪をひいたから根性で治せ』と言ったら誰もが否定するじゃろ? そういう時は医者に行って、薬をもらって寝ているのが一番じゃ。風邪は根性や教育でどうにかなるものではない。
じゃがの、メンタル問題に……特に子供のメンタル問題に関しては、なぜだか根性や教育論で解決しようとするケースがあるように思える。それが一番危険な行為じゃ。ちゃんと医者のところへ行き、一緒に治療方針を考えていくことが大事じゃ」
カエル「当たり前といえば当たり前の話だよねぇ」
亀「じゃがの、その当たり前が中々できない。
『愛を持って接すれば治る』なんて思いがあるのかもしれんが……本当にそうなら愛で風邪が治るはずじゃ。じゃが、そうではない。
あのお父さんがやったことというのは、非常に危険な行為である。あの暴力性が一般市民に向かったらと思うと……非常に恐ろしいの」
最後に
カエル「決して悪い映画ではないけれど、あんまり両手をあげて賞賛する映画でもないよねぇ……」
亀「脚本に関しては破綻ギリギリじゃろうな。
なんとか首の皮1枚で持ったが……クリスチャンがあまりにも何でもできる完璧超人すぎたり、あれだけのことをしておって無罪放免のように扱われるのは、すでに脚本として破綻しているということになるかもしれん。
それでも粗が目立つことなく楽しめたとすれば、演出や役者の力ということができるのかもしれんの」
カエル「まあ、元々リアルなお話じゃないしね」
亀「作中でボロックの抽象画が出てくるがの、あの絵が指し示すものは『曖昧な世の中』ということじゃろうな。
世間は自閉症というと簡単に病気と決めつけるが、実際はそんな簡単に分けられるものではなくて、抽象画のようにその境界は曖昧なものじゃ。その絵を愛することで、平常者と自閉症などを抱える子供たちの境界線は曖昧だよ、という意味を持たせたかったのじゃろうな」
カエル「そういうところは、まあまあ上手くいっているのかな?」
亀「もしかしたら自閉症患者だからこのような仕事をしている、という批判を避けるための仕方ない処置だったのかもしれんの。そう考えると会話が多い脚本だとか、色々とゴチャゴチャしている部分も含めて、わしは納得がいく。
うまく作ればシリーズ化も狙えたし、終わり方もわしは好きなだけに、惜しい作品じゃの。
映画というのは難しいものじゃな」